私たちの想い

実家に残された古いたくさんの家族アルバムを何とかしたい! これが私たちのスタート地点でした。

日本における家族アルバムは高度成長期に成立・普及したものです。ここには、戦前の家制度から決別し「新しい家族」を夢みた人々の歴史が刻まれています。そして半世紀が過ぎようとしています。白黒写真からカラー写真へ、写真館で撮るあらたまった肖像写真から日常的なスナップへ、フィルムからデジタルへ・・・。技術は信じられないほどの速度で歩みを進め、私たちが写真に期待するイメージそのものも大きく変わってきました。当時、家族アルバムを作り、その中に写っている人々は、誰一人取り残されることなく半世紀分の齢(よわい)を重ね、鬼籍に入られる方も少しずつ増えています。

写真は、それを写した瞬間の全てを記録するメディアだと思われがちですが、実のところ、画面に写っている光学的な像(イメージ)しか記録していません。それがいつ、どこで、誰が、何のために、どんな想いで撮ったのか? はもちろん、写っている人は誰なのか、何のために、どんな想いで写されたのか? といった「写真の意味」は、その「現場」を知っている人にしかわかりません。画面からはみ出ているけれども、確かにそこにいた人も物も、写真を見るしかない私たちには知り得る術がないのです。だからこそ整理されずに残された写真は、棄てられない思い出を大量に含んだ「紙片でできた粗大ゴミ」になりはてるのです。何らかの手続きを得ない限り、問題は先送りされつづけます。

確かに、デジタル化すれば物理的空間は節約できます。しかしますます、古い写真を見直すことはなくなるでしょう。見るべき写真は、日々増えつづけているのですから。いつの日か見直す機会があったとしても、誰が、いつ、どこで、何をした時の写真かを思い出すことは、時間を経るごとに難しくなっていきます。問題のより本質的な解決方法は、写真を整理し物語化すること、に尽きる。残すべき写真とそうでない写真を分別する。それぞれの写真の意味を掘り起こし、言葉で記録する。何度も読み直し、見直すことに耐えうる質・量の一冊にすること、と私たちは考えました。このことで古い家族アルバムは新しい生命を吹き込まれ、未来に向かって飛び立つことができる黄金の羽根を持つことができるはずだ、と。

この作業を一人で行うのは至難の技です。過去の記憶に押しつぶされそうな気持ちになることもあるでしょう。何より写真の意味は、それを伝えるべき第三者がいるからこそ思い出せもし、語ることができるもののはずです。また、第三者の目を通すことでこそ、世代を超え、未だ知らぬ人々へとつなげる新しい意味を見いだすことができるのです。

家族アルバムの整理だけにとどまりません。会社や店舗の歴史をまとめたり、取り壊す家や施設などの記録など、一人一人の思い出を次世代に残したい、思い出の品や蒐集品を整理したい、あるいは自分自身の数十年後のために「今の自分」に一区切りをつけたいと思われたら、ぜひ私たちに手伝わさせてください。

代表・久門 易

制作メンバー

久門 易(代表)

細川生朗(編集)

金森由恵(写真レタッチ)

小島由子(デザイン)

米山 力(Web)