遺影・考10- 肖像写真が「死」と結びつく-日清・日露戦争

 承前。ちょっと歴史の復習から。  明治元年---戊辰戦争(新政府側の戦死者3550人・旧幕府側の戦死者4690人)  明治4年---戸籍法  明治6年---火葬禁止令  明治8年---火葬禁止令の廃止  明治9年---廃刀令  明治10年--西南戦争(新政府側の戦死者6400人/旧薩摩藩士族の戦死者6800人)  明治22年--徴兵令(1945年(昭和20年)に廃止)  明治...
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遺影・考9- 絵でできた肖像写真-明治天皇の御真影

 承前。今回は、明治天皇の御真影の話ですが、当時の写真技術の話から。  1871(明治4)年、イギリスのマードックによって乾板写真が発明されます。湿板と同じようにガラスに感光材料を塗りますが、乾燥した状態で保存、撮影できるようになったことが最大の特徴です。これより、感光材料の作り置きができるようになり、1878年には工業生産が開始されます。コダックは、1880年に乾板の商業生産を始めています...
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遺影・考8- 写真館の始まりと肖像写真の普及

 承前。  写真の技術が一点もののダゲレオタイプから、複製可能(ネガ-ポジ方式)な湿板写真になって、写真はビジネスとして成立・普及していきます。風景などを撮影し、記録とて使うようなことも行われ始めますが、ここでの話題は「写真館」です。まずは海外事情から。 この画面のリンクからナダールの美しい写真の多くを見ることができます。ぜひ。  1854年のパリ、風刺新聞を発行し戯画家とし...
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遺影・考7-  写真の黎明期と肖像写真

 しばらく写真の歴史を。  今を遡ること178年前。江戸時代後期の1839(天保10)年、フランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールの発明したダレオタイプと呼ばれる実用的な写真術が、フランス学士院で公開されました。これが写真の創始とされています。(細かなことをいえば、イギリスのヘリオグラフィーとかいろいろあります。)  ダゲレオタイプとは、磨き上げた銅板に銀メッキをし、ヨウ素の蒸気であぶっ...
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遺影・考6-  メモ『人口の心理学』から

『人口の心理学-小史恒例社会の生命と心』 柏木惠子/高橋惠子 ちとせプレス から、気になる部分を。 遠野地方の供養絵額(77ページ~) (前略) 『死霊は個性を失い、祖霊という集合体に融合・帰一する。祖霊は村を見下ろす丘の上や天空にあって、子孫の暮らし向きを見守る』と考えられていたといいいます。供養絵額の死者たちは、この姿も個性もない集合霊としての祖先とはおよそかけ離れた、個性も姿形も現...
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