清原光学

ソフトフォーカスレンズで知られる『清原光学』、その知られざる本業 会社概要 1949年、先代の清原勉氏が設立。現代表取締役の元輔氏は二代目にあたる。写真関係者にはソフトフォーカスレンズがよく知られているが、専門は特殊用途の光学システムや光学部品の設計製作である。研磨などを行なう早稲田工場をもち、クライアントの要求にきめ細かに対応する。'87年、天文関係の光学機器を中心に販売する直営店「コプ...
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アルバムや写真の処分について

家族アルバムや写真を整理して、「これは残す」とした物以外は、最終的には「廃棄処分」になります。 ところが、親族や友人や、あるいは人に見られたくない写真の数々は、そのまま捨てるには抵抗があります。 気持ちとしてどうしてもやりきれない場合は、神社などでの「お炊き上げ」を利用することもあるそうですが、それ以前に個人情報的な問題も気になるところ。 一枚ずつ分かている写真プリントやフィルムであれば、シ...
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ワタナベ・カメラ・サービス

世界中のあらゆる機械式カメラを修理する『ワタナベ・カメラ・サービス』 会社概要 1961年、京橋3丁目に開業し、3年後に銀座へ移る。ハッセル、リンホフ、ライカ、ローライなどの他、ありとあらゆる機械式カメラの修理専門店である。かつては木村伊兵衛、土門拳、林忠彦など、錚々たる写真家のカメラのメンテナンスを手がけていたことも。最近では、新聞社や通信社、広告写真業界の機材よりも、クラシックカメラマニ...
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ツァイト・フォト・サロン

オリジナルプリントをディーリングする写真ギャラリーの先駆「ツァイト・フォト」 会社概要 1978年、オリジナルプリントを購入、展示、販売する国内初の写真ギャラリーとして創立。つくば写真美術館'85「パリ・ニューヨーク・東京1885~1984」展を主催。後、「オリエンタリズムの絵画と写真」展、「自然を愛した芸術家たち」展、「写真のエコール・ド・パリ」展を共催するなど、オリジナルプリントの芸術的...
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ザ・プリンツ

モノクロプリントを自在に奏でる個人ラボ「ザ・プリンツ」 会社概要 1983年にモノクロ専門ラボとしてスタート。法人化は1990年。ここで制作されるハイクォリティなプリントは、広告宣伝や写真集の印刷原稿として、そして美術館やギャラリーのコレクションとして、さらには写真展やポートフォリオ用のオリジナルプリントとなる。著名な写真家が個人的に発注することも多く、そのほとんどは営業活動や宣伝によるもの...
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ワイズクリエイト

大中判カメラを通して人と人の出会いを創造する『ワイズクリエイト』 会社概要 創業してから未だ8カ月(取材時)。従業員は木戸氏を含めて3人。一言でいうなら大中版カメラ専門ショップとなるが、カメラやレンズなどのハードウェアの販売に止まらず、プロとアマチュア、カメラマンとクライアント、製造業者とユーザーといった、さまざまな人々の出会いをコーディネートすることで、大中判写真の深い魅力を広めることを目...
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写真プリントの電子化をして気づいたこと

重い腰を上げて 写真スタジオのサンプル写真がたまりにたまり、収納しているA4クリアファイルだけで本棚は一杯。とにかく量があるせいで使い勝手も悪く、やっと重い腰を上げて電子化することと相成り候。 スペース問題が一番大きく、それと同時にさくさくお客さんにみてもらえるようにするのが目的です。元の写真プリントはA4サイズの一種類だけ。16冊のファイルに種類別に分類できていましたので、既に「整理」はでき...
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web版毎日新聞 『身じまい練習帳』で紹介されていました。(有料記事)

毎日新聞の滝野隆浩さんが書いてくださいました。こちら。 タイトルは「遺影を家族でつくってみる」です。 いい文章。
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ハーレー株式会社

撮影用背景の制作会社として業界トップに躍進した『ハーレー株式会社』 会社概要 主に営業写真館やホテル、結婚式場などで使われる布バックスクリーンや撮影小道具の制作および輸入販売の専門会社。現会長の深田年彦氏が1976年に東洋背景株式会社として設立。カラー時代と到来とともに、布バックのパターン、ヨーロッパ調バックが爆発的ヒットとなる。86年、社名をハーレー株式会社に改め、その後、越智秀人氏が社長...
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写真フィルム画像のデータ化

4つの方法 どのサイズ、どの種類の写真フィルムでもデータ化できます。単純にいえば、見えるモノなら、とりあえずデータ化は可能です。 やり方は大きく分けて4種。 1)業者に依頼する。 2)スキャナを使う。 3)スマホを使う。 4)カメラを使う。 写真プリントのデータ化と同じで、フィルムが大量にあるなら、さっさと業者に任せた方が楽です。4)のスマホを使うは別にして、カメラやスキャナが手元にあれ...
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写真フィルムの知識

フィルムの知識 写真を趣味や生業にしている人であれば、写真プリントよりもフィルムの方が「オリジナル」で、これを元にいくらでもプリントなどを作れる貴重なものという考えはわかってもらえると思います。 しかし、一般の方にとってフィルムは、余分なモノ、面倒なモノ以外の何物でもないでしょう。思い出すのは、1980年代頃の使い切りカメラのブームです。使い切りカメラはもちろんフィルムを使っているカメラなの...
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「社史にみる明治150年」@神奈川県立川崎図書館

JR溝ノ口駅から、無料シャトルバスで5分。かながわサイエンスパーク(KSP)内に、神奈川県立川崎図書館があります。 今年の始めまでは川崎駅から10分くらいの競輪場近くにあって、古めかしい佇まいがなんとも味わい深かったのですが、今年、KSP内に移転し、とっても垢抜けて美しくなりました。もともとこの図書館は、科学技術系の蔵書がたいへん多いのが特徴で、KSPとの相性はすばらしくよいように思います。 ...
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写真電気工業 (SD)

ありえない照明機材を具現化し続ける『写真電気工業』 会社概要 通称はSD。1971(昭和46)年にトーマスバルカーストロボの修理店として神戸に創業。後、銀座に移り、現在は京橋に店舗を構える。自社開発の『RIFA(リファー)』は、ハロゲンランプを使用しながらも、極めてソフトな光を得ることができる新しい照明機材として、コマーシャル、営業写真館、TV、映画といった業界の垣根を超えて愛用されている。...
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写真プリントをスマホでデータ化する

スキャナやカメラを使わず、スマホのカメラアプリで写真プリントをデータ化できたら、それはそれで便利だし、実家に帰った時にアルバムの写真をいくつか撮影して、それを人に見せたりするのにも使えます。 どうすればよいか、というとそれは簡単で、写真(プリント)をスマホのカメラアプリで撮影すればいいのです。が・・・上手く撮れない、という方が少なくないようです。 わりあいに難しいな、と思うのは、写真が斜...
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LAMDA(ラムダ)

「父」が創る登山用カメラザック『有限会社ラムダ』 会社概要 1982年(昭和57年)に設立。登山用カメラザックおよび、カメラケース、レンズケース、撮影用アクセサリー類の開発・製造を行なっている。過酷な登山での撮影にも耐えうる60リットルの大型ザックから、気軽なスナップにも使えるポシェットまで、全て社長である佐久間さんの開発、デザインによる。現在は、奥さんと2人の娘さん、そして2人のパートの5...
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山崎光学

あまりに人間的なレンズ作りに徹する『山崎光学研究所』 会社概要 1924(大正13)年、浅沼商会から独立した先代の山崎光七氏が創業。'31(昭和6)年に日本で始めてテッサータイプの純国産大型カメラ用レンズを完成。高性能かつ廉価なレンズとして好評を得、「コンゴーレンズ」の名称で現在に至るまで多くの写真家に親しまれている。国内はもとより世界各国にも愛用者は多い。'55 年に株式会社山崎光学研究所...
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タチハラ写真機製作所

「木」からカメラを作り出す『タチハラ写真機製作所』 会社概要 先代の立原正雄氏による創業は1934年(昭和9年)。現在は、二代目の立原道夫氏が経営している。4×5、8×10、11×14など、定評ある各種ウッドビューカメラの一台一台を、まさに愛情をこめて手作りし続けている。2000年3月、25年ぶりの新製品『タチハラフィルスタンド45-2』をIPPFにて発表。インターネット上での販売も開始した...
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アルバムや写真のデータ化サービスについて

2018年7月10日の朝日新聞(夕刊)のテレビ欄に、「ニッポン写真遺産」という広告(右)がどどーん! と載っていました。 全国紙にここまで大きく掲載されるわけですから、アルバムや写真のデータ化サービスの需要がかなり認識されだしたんだなぁ、と感無量です。 「ニッポン写真遺産」はいいネーミングですね。で、右下の方に『「朝日自分史」割引サービスも!』とありますから、スキャンしたデータを使...
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久門姓 系譜調査プロジェクト 協力者募集!

親戚ではない(近い血縁ではない)「久門」さんから、「系譜」の古文書をお預かりいたしました。 しかし、筆書きで、くずし文字もたくさんありますので、私たち自身意味がよくわかりません。これをこのまま次の代に残したとしても子供たちの気も重いだろう。ということで、この際我々が一心発起して解読し、その後に活用方法を考えようではないか、と意気投合した次第です。 にしても我々自身も気が重いわけであ...
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遺影・考12- 「祭壇写真」のはじまり

 前回紹介した葬儀写真集は時系列に従って葬儀を写真で記録したもので、それぞれの写真にはキャプションが添えられています。これが時代を下ると、肖像写真からキャプションが消え、説明がなくなっていきます。このことで肖像写真は死者の象徴的イメージである「遺影」として成立していったのではないか、というのが、国立民俗博物館の山田慎也さんの見立てです。(『遺影と死者の人格 : 葬儀写真集における肖像写真の扱いを通...
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遺影・考11- 「葬儀写真集」の時代

 明治から大正~昭和へと時代が移ってく過程で、葬列中心の葬儀が少なくなり、祭壇中心の葬儀に変わっていきます。これと同時に写真の普及も進み、葬列の過程を記録するための絵巻物は、次第に写真集に置き換わっていきます。  祭壇中心の葬儀には絵巻物は向かず、写真集の方が適していたことでしょう。こうした葬儀写真集は近親者や関係者への返礼品としてだけでなく、販売を目的にしたものも作られていきます。この写真...
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遺影・考10- 肖像写真が「死」と結びつく-日清・日露戦争

 承前。ちょっと歴史の復習から。  明治元年---戊辰戦争(新政府側の戦死者3550人・旧幕府側の戦死者4690人)  明治4年---戸籍法  明治6年---火葬禁止令  明治8年---火葬禁止令の廃止  明治9年---廃刀令  明治10年--西南戦争(新政府側の戦死者6400人/旧薩摩藩士族の戦死者6800人)  明治22年--徴兵令(1945年(昭和20年)に廃止)  明治...
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遺影・考9- 絵でできた肖像写真-明治天皇の御真影

 承前。今回は、明治天皇の御真影の話ですが、当時の写真技術の話から。  1871(明治4)年、イギリスのマードックによって乾板写真が発明されます。湿板と同じようにガラスに感光材料を塗りますが、乾燥した状態で保存、撮影できるようになったことが最大の特徴です。これより、感光材料の作り置きができるようになり、1878年には工業生産が開始されます。コダックは、1880年に乾板の商業生産を始めています...
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遺影・考8- 写真館の始まりと肖像写真の普及

 承前。  写真の技術が一点もののダゲレオタイプから、複製可能(ネガ-ポジ方式)な湿板写真になって、写真はビジネスとして成立・普及していきます。風景などを撮影し、記録とて使うようなことも行われ始めますが、ここでの話題は「写真館」です。まずは海外事情から。 この画面のリンクからナダールの美しい写真の多くを見ることができます。ぜひ。  1854年のパリ、風刺新聞を発行し戯画家とし...
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遺影・考7-  写真の黎明期と肖像写真

 しばらく写真の歴史を。  今を遡ること178年前。江戸時代後期の1839(天保10)年、フランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールの発明したダレオタイプと呼ばれる実用的な写真術が、フランス学士院で公開されました。これが写真の創始とされています。(細かなことをいえば、イギリスのヘリオグラフィーとかいろいろあります。)  ダゲレオタイプとは、磨き上げた銅板に銀メッキをし、ヨウ素の蒸気であぶっ...
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遺影・考6-  メモ『人口の心理学』から

『人口の心理学-小史恒例社会の生命と心』 柏木惠子/高橋惠子 ちとせプレス から、気になる部分を。 遠野地方の供養絵額(77ページ~) (前略) 『死霊は個性を失い、祖霊という集合体に融合・帰一する。祖霊は村を見下ろす丘の上や天空にあって、子孫の暮らし向きを見守る』と考えられていたといいいます。供養絵額の死者たちは、この姿も個性もない集合霊としての祖先とはおよそかけ離れた、個性も姿形も現...
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遺影・考5-  そもそも「遺影」ってなんだ?

 そういえば、こんな記事『駅前写真館の冒険10.「遺影」を考える』を書いていたことを思い出しまして。  1999年、コニカが主催していた写真クラブの機関紙『フォトコニカ』での連載企画です。ちょうどこの前年に、新宿のコニカプラザで『笑う寿像・展』を開催させていただいておりまして、その顛末を記したのです。 19年前ですよ。なんだか、同じことを繰り返しやっているような・・・。  ...
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毎日新聞 くらしナビの『身じまい練習帳』で取り上げていただけました。

毎日新聞 3月5日のくらしナビ、社会部編集委員・滝野隆浩さんの連載『身じまい練習帳』で、日本葬送学会での「肖像の変遷からみる「遺影」の役割」と「ちいさな伝記」について紹介していただけました。同じページにある高橋源一郎さんの「人生相談」もよいです。
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遺影・考4- 「供養絵額(奉納画)」と「ムサカリ絵馬」

 昨年、国立民族歴史博物館の山田慎也さんに、供養絵額(奉納画)のことを教えていただきました。  供養絵額(奉納画)とは、江戸時代から明治時代にかけて岩手県の遠野周辺で、戦死や産褥など不遇の死を遂げた人の遺族が画家に依頼して描き、寺院に奉納した板絵のことです。画家は故人の人柄などを遺族に聞き取りし、故人の希望を叶えたり、幸福だったろう将来を想像しながら描いたのだそうです。 つまり、死後も幸せで...
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サイトをSSL対応にしました。

当サイトをSSL対応にしました。 SSLとは、Secure Sockets Layerの略で、「SSLを利用すると、通信される情報を暗号化します。万が一情報の送受信中に情報を見られても暗号化によって大切な情報が守られます。」のだそうです。 URL欄に、鍵アイコンが付き、https:// になりましたので、ご確認を。 細かな作業ばかりで疲れました・・・。
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