遺影・考12- 「祭壇写真」のはじまり

 前回紹介した葬儀写真集は時系列に従って葬儀を写真で記録したもので、それぞれの写真にはキャプションが添えられています。これが時代を下ると、肖像写真からキャプションが消え、説明がなくなっていきます。このことで肖像写真は死者の象徴的イメージである「遺影」として成立していったのではないか、というのが、国立民俗博物館の山田慎也さんの見立てです。(『遺影と死者の人格 : 葬儀写真集における肖像写真の扱いを通...
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遺影・考11- 「葬儀写真集」の時代

 明治から大正~昭和へと時代が移ってく過程で、葬列中心の葬儀が少なくなり、祭壇中心の葬儀に変わっていきます。これと同時に写真の普及も進み、葬列の過程を記録するための絵巻物は、次第に写真集に置き換わっていきます。  祭壇中心の葬儀には絵巻物は向かず、写真集の方が適していたことでしょう。こうした葬儀写真集は近親者や関係者への返礼品としてだけでなく、販売を目的にしたものも作られていきます。この写真...
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遺影・考10- 肖像写真が「死」と結びつく-日清・日露戦争

 承前。ちょっと歴史の復習から。  明治元年---戊辰戦争(新政府側の戦死者3550人・旧幕府側の戦死者4690人)  明治4年---戸籍法  明治6年---火葬禁止令  明治8年---火葬禁止令の廃止  明治9年---廃刀令  明治10年--西南戦争(新政府側の戦死者6400人/旧薩摩藩士族の戦死者6800人)  明治22年--徴兵令(1945年(昭和20年)に廃止)  明治...
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遺影・考9- 絵でできた肖像写真-明治天皇の御真影

 承前。今回は、明治天皇の御真影の話ですが、当時の写真技術の話から。  1871(明治4)年、イギリスのマードックによって乾板写真が発明されます。湿板と同じようにガラスに感光材料を塗りますが、乾燥した状態で保存、撮影できるようになったことが最大の特徴です。これより、感光材料の作り置きができるようになり、1878年には工業生産が開始されます。コダックは、1880年に乾板の商業生産を始めています...
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遺影・考8- 写真館の始まりと肖像写真の普及

 承前。  写真の技術が一点もののダゲレオタイプから、複製可能(ネガ-ポジ方式)な湿板写真になって、写真はビジネスとして成立・普及していきます。風景などを撮影し、記録とて使うようなことも行われ始めますが、ここでの話題は「写真館」です。まずは海外事情から。 この画面のリンクからナダールの美しい写真の多くを見ることができます。ぜひ。  1854年のパリ、風刺新聞を発行し戯画家とし...
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遺影・考7-  写真の黎明期と肖像写真

 しばらく写真の歴史を。  今を遡ること178年前。江戸時代後期の1839(天保10)年、フランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールの発明したダレオタイプと呼ばれる実用的な写真術が、フランス学士院で公開されました。これが写真の創始とされています。(細かなことをいえば、イギリスのヘリオグラフィーとかいろいろあります。)  ダゲレオタイプとは、磨き上げた銅板に銀メッキをし、ヨウ素の蒸気であぶっ...
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遺影・考6-  メモ『人口の心理学』から

『人口の心理学-小史恒例社会の生命と心』 柏木惠子/高橋惠子 ちとせプレス から、気になる部分を。 遠野地方の供養絵額(77ページ~) (前略) 『死霊は個性を失い、祖霊という集合体に融合・帰一する。祖霊は村を見下ろす丘の上や天空にあって、子孫の暮らし向きを見守る』と考えられていたといいいます。供養絵額の死者たちは、この姿も個性もない集合霊としての祖先とはおよそかけ離れた、個性も姿形も現...
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遺影・考5-  そもそも「遺影」ってなんだ?

 そういえば、こんな記事『駅前写真館の冒険10.「遺影」を考える』を書いていたことを思い出しまして。  1999年、コニカが主催していた写真クラブの機関紙『フォトコニカ』での連載企画です。ちょうどこの前年に、新宿のコニカプラザで『笑う寿像・展』を開催させていただいておりまして、その顛末を記したのです。 19年前ですよ。なんだか、同じことを繰り返しやっているような・・・。  ...
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遺影・考4- 「供養絵額(奉納画)」と「ムサカリ絵馬」

 昨年、国立民族歴史博物館の山田慎也さんに、供養絵額(奉納画)のことを教えていただきました。  供養絵額(奉納画)とは、江戸時代から明治時代にかけて岩手県の遠野周辺で、戦死や産褥など不遇の死を遂げた人の遺族が画家に依頼して描き、寺院に奉納した板絵のことです。画家は故人の人柄などを遺族に聞き取りし、故人の希望を叶えたり、幸福だったろう将来を想像しながら描いたのだそうです。 つまり、死後も幸せで...
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遺影・考3- 「死絵(しにえ)」について

例えば、これらの記事に、遺影と「死絵」の関係が記されています。 「変わりゆく遺影―絵から写真に、そしてまた「絵」に」 「遺影写真の歴史と変化」 総じて、現在の「遺影」の起源が「死絵」にあるのではないか? という話です。「死絵」については、まずwiki情報を。また、画像検索すれば、いろいろ出てきます。 ざっと簡単に整理します。 種類・・・浮世絵。 用途・・・主に歌舞伎役者が死...
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遺影・考2- 2000年前の遺影?

※本稿は2017年9月3日の投稿を加筆修整したものです。 2017年8月に東京ビッグサイトで開催された「エンディング産業展」は、テレビの報道番組やワイドショーでもそこそことりあげられ、いわゆる「エンディング」に関して一般の方々にも関心が高まってきたような気がしました。左はそのガイドブックです。 この中身は出展社の一覧なのですが、ちょっと目についたのは、裏表紙にあるアスカネットの広告です。ア...
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遺影・考 1-現状は?

ネット情報ですが、こんなのがあります。 『安心と信頼のある「ライフエンディング・ステージ」の創出に向けた普及啓発に関する研究会報告書』 平成24年4月に経済産業省商務情報政策局サービス政策課サービス産業室から出された報告書です。全体的に見て、私自身が考える世間一般の感覚から大きく逸脱するようなことはないのですが(当然ですが)、改めて現実を突きつけられると、なかなか感慨深いものがあります。 ...
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遺影・考(はじめに)

先日、日本葬送文化学会で『肖像の変遷からみる「遺影」の役割』について発表したのですが、やらた緊張するわ、時間は足りないわで、ぜんぜんだったわけです。学会の先生方に教えを乞い、一応論文といえる体裁を整えて『葬送文化.19』に全文を掲載していただいています。で、書き足りなかったことを含め、もっとゆるい文章で書いておきたいな、と思い、ここに『遺影・考』と題して書き進めます。 「遺影」については、大...
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中国(北京周辺)-葬送事情(終)

承前。 最終回は葬儀とは関係なく、北京周辺の写真です。 お楽しみあれ。 前向きの小さな一歩は、文明の大きな一歩! ハーゲンダッツじゃないよ。 北京ダック。あんまり好きではありませんでした。 レストランも広いです。 レンタサイクルだろうと思います。 クロネコじゃないよ。 街中の露天商。こういうの...
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中国(北京周辺)-葬送事情(13)

承前。 霊園見学は前回で終わり、最後に「北京社会管理職業学院」に行きました。 ここは、葬儀関連のあれこれについて学ぶ学校だそうです。 学部は七つあるそうで、その一つ殯儀系の葬祭部門を見せていただきました。この部門は、葬儀実務、遺体保全、火葬技術、霊園、墓の設計などの実践的な教育を受けられるそうです。 一緒に行った日本の葬祭関係者によると、日本の技術の方がはるかに進んでいるそうです。 ...
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中国(北京周辺)-葬送事情(12)

承前。 「天寿陵園」の墓石などを見ていきます。 この霊園は「経営制」つまり民営です。このためもあってか、その広大さはいうに及ばず、Webサイトがあったり、一つ一つの墓石のデザインの自由度が高いというか洗練されているように感じます。 そうはいっても、夫婦墓が基本であること。階層または趣味によって、区画別に墓の種類が整然と区分けされていること、墓石や彫像タイプの他、いわゆる自然葬タイプが...
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中国(北京周辺)-葬送事情(11)

承前。 「八達嶺陵園」を出、万里の長城を横目に見ながら、「天寿陵園」に向かいます。小一時間くらいでしたか。 到着したところは、ぱっと見た目に、故宮。 手前に川、奥に山を望み、東西南北を合わせるなど、いわゆる風水の考え方に沿って造られたのだそうです。 とはいえ「川」は人工だそうですから、強引なことこのうえなののですが、中国的にはそんなものなのでしょう。 「天寿陵園」の場所はこち...
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中国(北京周辺)-葬送事情(10)

承前。 日本でも、従来通りのお墓の形式に捕らわれない葬儀や納骨の方法が模索されています。 これは中国も同じようで、ここでは「花葬」「芝生葬」「壁葬」「海洋的礼装」と呼ばれるいわゆる墓石を使わないタイプの墓地も何種類か販売されています。価格と土地面積が抑えられるメリットがあるとのこと。 樹木の下にお骨を埋める「樹木葬」も1993年頃スタートしたそうですが、害虫による自然破壊、生態系の保...
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中国(北京周辺)-葬送事情(9)

承前。 今回は「八達嶺陵園」のVIPなお墓特集です。 いや、これ銅像だろ? という感慨もひとしおなんですが、中国のお金持ちはこういうところに払うお金にも糸目をつけないんですねぇ。こういう文化があれば、彫刻家などの芸術家も生計が立ちやすいでしょう。 いいなぁ。 二人のお子さまのお父さんなんでしょうね。左側には、父上の幼少期からの写真があります。 お母上は...
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中国(北京周辺)-葬送事情(8)

承前。 「八達嶺陵園」の墓地内に入っていきます。 今回は、主に墓石に使われている「写真」を見ていきます。 中国では、夫婦墓もしくは個人墓で、現世の名前と生年・没年、そして墓を立てた人の続柄と期日が記されます。ちなみに中国には「戒名」はありません。書き方にはバリエーションがあり、「親孝行な子供たちが建てたよ」などという自画自賛的な書き方があって、謙虚な日本人的にはちょっと笑ってしまうの...
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中国(北京周辺)-葬送事情(7)

承前。 北京のホテルを出て、「八達嶺陵園」へ向かいます。 八達嶺といえば八達嶺長城が有名らしくこちら。八達嶺陵園の場所はこのあたり。 八達嶺長城からわかるよう、万里の長城の観光スポットの一つ。八達嶺陵園は八達嶺国家森林公園の中にあります。「陵園」の陵は、天皇陵の「陵」で、中国語でも 丘陵とか、 陵,大きな墳墓 という意味みたいです。 しかしまあその広大なこと、という説明をしたかったの...
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中国(北京周辺)-葬送事情(6)

承前。 「涿州市殯管所」見学を終えたのは夜も更けた時刻で、これから北京のホテルまで戻るわけですが、その途中で、会食ができるレストランに立ち寄りました。田舎のレストランとしては一般的なタイプらしいです。 料理については詳しくないので、一つ一つ説明できませんが、まあ、大量に出てくる出てくる・・。というのが中国式だそうで、中国人の案内人ですら「もったいないのでこういう習慣はやめたほうがいい...
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中国(北京周辺)-葬送事情(5)

承前。 「涿州市殯管所」です。 火葬施設だけでなく、式場や納骨堂、墓地もあります。 現代の中国(北京周辺のデータかもしれまんせん)では、火葬率60%だそうです。まだまだ土葬が残っています。 単純にいえば、土葬ではお墓が大きくなるため、特に都市部での土地不足を回避するために火葬が推奨されだした、とのこと。もちろん、衛生面とかいろいろ口実はあるのでしょうが。 ただ、ここに見るよう...
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中国(北京周辺)-葬送事情(4)

承前。 「涿州万佛霊園」から出発し、同じ涿州氏の殯管所に行きました。今回は、その道中の様子を簡単に。 どの程度の田舎なのか? ということがなんとなく理解できるのではないかと思います。 北京からたかだか1時間自動車を走らせるだけで、こういう田舎になるのです。 ちなみに「殯」(ヒン と読みます)の意味は下記。(wiki) 『 殯(もがり)とは、日本の古代に行われていた葬儀儀礼で...
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中国(北京周辺)-葬送事情(3)

承前。 中国のお墓が日本のそれと大きく違うのは、「先祖代々の墓」、つまり『家族墓』ではないことです。 基本的に、一つのお墓には夫婦二人の遺骨が入ります。お墓の中にお骨を入れる部分を「カロート(納骨棺)」というのですが、当然ながら二つしかありません。そして、通常は夫婦いずれかが先に亡くなるわけですから、亡くなられた方だけの名前を墓石に彫ります。生きてらっしゃる方は、空白になっています。 ...
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中国(北京周辺)-葬送事情(2)

承前。 北京中心部から自動車で約1時間。感覚的にいうなら、50年前の日本の田舎といった風情なのですが、その一角を墓地として整備しつつあるのが、「涿州万佛霊園」です。総面積は10万平米で、東京ドーム2.3個分に相当します。 中国の霊園は大きく二種類、「公益性」と「経営性」に分かれます。これは字面通りで、公益性は公営で廉価、経営性は民営でややお金儲け主義的な霊園ですが、裏事情はいろいろある...
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中国(北京周辺)-葬送事情(1)

私(久門)は、日本葬送文化学会に入っております。この学会は、主に葬儀関連業の方々や葬送文化を研究してらっしゃる学者の方々が中心となり、日本および世界の葬送文化を研究しています。昨2016年の9月に中国は北京周辺の葬送事情を調査(というより私の場合は見学どまりですが)してまいりました。 国が違えば文化も違う、というのは頭では理解できているはずですが、その実物を目の当たりにすると、表面的な違いに...
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思い出工学-野島久雄さん

野島久雄さんの「思い出作りを考える」のPDFはこちらでご覧いただけます。 野島さんのことはネット検索で見つけたのですが、「思い出工学」という研究ジャンルを提唱されていて、これがなかなかに興味深い。それなりに見つけられるところは一通り読みました。その中の一つが「思い出作りを考える」PDFです。 身に沁みるところが多く、機会を無理やり作ってでもお話を伺いたいなぁ、と思っていたのですが、20...
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