遺影・考13- これからの「遺影」を考える

「遺影」がもつ意味合いは、次の3つに分けて考えることができます。 1)遺族が故人を偲ぶ「霊的メディア」 身近な人が見る肖像は、他人が見る肖像とは異なる印象をもちます。遺品やお骨、位牌などに通じる意識で、多くの場合「霊的(宗教的)」な媒体となりえます。御真影は、これが国家的に強要されたものといえるでしょう。 また、エジプトのミイラ絵から現在の「遺影」にまで、遺族が故人を偲ぶ気持ちには、共通した...
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遺影・考12- 「祭壇写真」のはじまり

 前回紹介した葬儀写真集は時系列に従って葬儀を写真で記録したもので、それぞれの写真にはキャプションが添えられています。これが時代を下ると、肖像写真からキャプションが消え、説明がなくなっていきます。このことで肖像写真は死者の象徴的イメージである「遺影」として成立していったのではないか、というのが、国立民俗博物館の山田慎也さんの見立てです。(『遺影と死者の人格 : 葬儀写真集における肖像写真の扱いを通...
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遺影・考11- 「葬儀写真集」の時代

 明治から大正~昭和へと時代が移ってく過程で、葬列中心の葬儀が少なくなり、祭壇中心の葬儀に変わっていきます。これと同時に写真の普及も進み、葬列の過程を記録するための絵巻物は、次第に写真集に置き換わっていきます。  祭壇中心の葬儀には絵巻物は向かず、写真集の方が適していたことでしょう。こうした葬儀写真集は近親者や関係者への返礼品としてだけでなく、販売を目的にしたものも作られていきます。この写真...
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遺影・考10- 肖像写真が「死」と結びつく-日清・日露戦争

 承前。ちょっと歴史の復習から。  明治元年---戊辰戦争(新政府側の戦死者3550人・旧幕府側の戦死者4690人)  明治4年---戸籍法  明治6年---火葬禁止令  明治8年---火葬禁止令の廃止  明治9年---廃刀令  明治10年--西南戦争(新政府側の戦死者6400人/旧薩摩藩士族の戦死者6800人)  明治22年--徴兵令(1945年(昭和20年)に廃止)  明治...
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遺影・考9- 絵でできた肖像写真-明治天皇の御真影

 承前。今回は、明治天皇の御真影の話ですが、当時の写真技術の話から。  1871(明治4)年、イギリスのマードックによって乾板写真が発明されます。湿板と同じようにガラスに感光材料を塗りますが、乾燥した状態で保存、撮影できるようになったことが最大の特徴です。これより、感光材料の作り置きができるようになり、1878年には工業生産が開始されます。コダックは、1880年に乾板の商業生産を始めています...
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遺影・考8- 写真館の始まりと肖像写真の普及

 承前。  写真の技術が一点もののダゲレオタイプから、複製可能(ネガ-ポジ方式)な湿板写真になって、写真はビジネスとして成立・普及していきます。風景などを撮影し、記録とて使うようなことも行われ始めますが、ここでの話題は「写真館」です。まずは海外事情から。 この画面のリンクからナダールの美しい写真の多くを見ることができます。ぜひ。  1854年のパリ、風刺新聞を発行し戯画家とし...
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遺影・考7-  写真の黎明期と肖像写真

 しばらく写真の歴史を。  今を遡ること178年前。江戸時代後期の1839(天保10)年、フランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールの発明したダレオタイプと呼ばれる実用的な写真術が、フランス学士院で公開されました。これが写真の創始とされています。(細かなことをいえば、イギリスのヘリオグラフィーとかいろいろあります。)  ダゲレオタイプとは、磨き上げた銅板に銀メッキをし、ヨウ素の蒸気であぶっ...
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遺影・考6-  メモ『人口の心理学』から

『人口の心理学-小史恒例社会の生命と心』 柏木惠子/高橋惠子 ちとせプレス から、気になる部分を。 遠野地方の供養絵額(77ページ~) (前略) 『死霊は個性を失い、祖霊という集合体に融合・帰一する。祖霊は村を見下ろす丘の上や天空にあって、子孫の暮らし向きを見守る』と考えられていたといいいます。供養絵額の死者たちは、この姿も個性もない集合霊としての祖先とはおよそかけ離れた、個性も姿形も現...
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遺影・考5-  そもそも「遺影」ってなんだ?

 そういえば、こんな記事『駅前写真館の冒険10.「遺影」を考える』を書いていたことを思い出しまして。  1999年、コニカが主催していた写真クラブの機関紙『フォトコニカ』での連載企画です。ちょうどこの前年に、新宿のコニカプラザで『笑う寿像・展』を開催させていただいておりまして、その顛末を記したのです。 19年前ですよ。なんだか、同じことを繰り返しやっているような・・・。  ...
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遺影・考4- 「供養絵額(奉納画)」と「ムサカリ絵馬」

 昨年、国立民族歴史博物館の山田慎也さんに、供養絵額(奉納画)のことを教えていただきました。  供養絵額(奉納画)とは、江戸時代から明治時代にかけて岩手県の遠野周辺で、戦死や産褥など不遇の死を遂げた人の遺族が画家に依頼して描き、寺院に奉納した板絵のことです。画家は故人の人柄などを遺族に聞き取りし、故人の希望を叶えたり、幸福だったろう将来を想像しながら描いたのだそうです。 つまり、死後も幸せで...
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遺影・考3- 「死絵(しにえ)」について

例えば、これらの記事に、遺影と「死絵」の関係が記されています。 「変わりゆく遺影―絵から写真に、そしてまた「絵」に」 「遺影写真の歴史と変化」 総じて、現在の「遺影」の起源が「死絵」にあるのではないか? という話です。「死絵」については、まずwiki情報を。また、画像検索すれば、いろいろ出てきます。 ざっと簡単に整理します。 種類・・・浮世絵。 用途・・・主に歌舞伎役者が死...
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遺影・考2- 2000年前の遺影?

※本稿は2017年9月3日の投稿を加筆修整したものです。 2017年8月に東京ビッグサイトで開催された「エンディング産業展」は、テレビの報道番組やワイドショーでもそこそことりあげられ、いわゆる「エンディング」に関して一般の方々にも関心が高まってきたような気がしました。左はそのガイドブックです。 この中身は出展社の一覧なのですが、ちょっと目についたのは、裏表紙にあるアスカネットの広告です。ア...
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遺影・考 1-現状は?

ネット情報ですが、こんなのがあります。 『安心と信頼のある「ライフエンディング・ステージ」の創出に向けた普及啓発に関する研究会報告書』 平成24年4月に経済産業省商務情報政策局サービス政策課サービス産業室から出された報告書です。全体的に見て、私自身が考える世間一般の感覚から大きく逸脱するようなことはないのですが(当然ですが)、改めて現実を突きつけられると、なかなか感慨深いものがあります。 ...
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遺影・考(はじめに)

先日、日本葬送文化学会で『肖像の変遷からみる「遺影」の役割』について発表したのですが、やらた緊張するわ、時間は足りないわで、ぜんぜんだったわけです。学会の先生方に教えを乞い、一応論文といえる体裁を整えて『葬送文化.19』に全文を掲載していただいています。で、書き足りなかったことを含め、もっとゆるい文章で書いておきたいな、と思い、ここに『遺影・考』と題して書き進めます。 「遺影」については、大...
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