ソフトフォーカスレンズで知られる『清原光学』、その知られざる本業

会社概要

1949年、先代の清原勉氏が設立。現代表取締役の元輔氏は二代目にあたる。写真関係者にはソフトフォーカスレンズがよく知られているが、専門は特殊用途の光学システムや光学部品の設計製作である。研磨などを行なう早稲田工場をもち、クライアントの要求にきめ細かに対応する。'87年、天文関係の光学機器を中心に販売する直営店「コプティック星座館」をオープン。(取材当時)

クリエイティブな仕事

 清原光学といえば、写真撮影用としてはややマニアックなソフトフォーカスレンズだけを作っている会社なのだと思っている写真業界の人は意外に多いのではないだろうか。少なくとも、カメラ雑誌などに掲載された小さな広告の中には、その2機種、VK70RとVK50Rだけしか見ることができない。

 しかし、ホームページを閲覧してみると、その仕事の内容の深さに、思わず腰を抜かしそうになる。いったいぜんたい、何をやっている会社なのか? 実のところ、その内容を正当に理解できる頭脳を、私は所有していない。だから、いくつか抜き書きしてみる。

 製作実績の中から。

『X線分光用ミラー部品、大口径テレセントリックレーザービームプリンター光学系、すばる望遠鏡用ミラー、レーザーレーダー用受信送信望遠鏡、トムソン散乱集散光セグメントミラー・・・』

 すばる望遠鏡だけが、なんとかわかる個有名であって、あとは全くもってチンプンカンプン。まいった。

 主な取引先といえば。

『環境庁環境研究所、気象庁気象研究所、日本原子力研究所、国公立大学研究機関、高エネルギー物理学研究機構・・・』
 まるで世界が違う。

「基本的に全ての仕事は一点ものなんです。お客さんに会って、どんな装置を必要としているかといったことを聞くことから、仕事がスタートします。お客さん自身も、何ができて何ができないかすら分からない。そして私たちにしても、要求されているものに対して、どこまで応えられるかが分かりません。ですから、お互いの意思疎通からしか始められないんです。」

 うむむ。でもこれは、広告写真においても共通しているのではないか。中でも、よりクリエイティブな仕事として成立している広告写真には、なくてはならないスピリッツのように思う。

「ルーチンワークは、ここの仕事ではありません。」

 一生に一度くらい、自分の口で言ってみたい言葉である。しかし、なぜ、そんな会社がソフトフォーカスレンズを製作、販売しているのであろうか?

清原元輔氏プロフィール
 「こまかなことは公表しないことにしているんですよ。」と、にこやかに微笑みながら仰られるから、立つ瀬がない。「仕事は門前の小僧みたいにして覚えました。光学について学んだのも大学を卒業してからです。」とは、やはり謎めいている。
コプティック星座館
天文関係の用品が所狭しと並ぶ。
マニアには堪えられない店。

VK70R開発譚

「もともと父は、歴史学者になるはずだったんです。でも、星を見るのが好きで、趣味で写真も撮影していました。その趣味が高じてというのでしょか、日本光学の研究部に嘱託で勤務して、そこで光学の一通りを学んだのです。そして、この会社を作った。」

 会社の意外性もそうだが、光学研究者の前身が歴史学者とは、まさに天と地がひっくりかえったような錯覚に捕らわれる。

「VK70Rの70はもちろんレンズの焦点距離。Vはベス単、Kは清原、Rはローテーションの頭文字です。これからも分かるよう、ベス単を復刻しようという話からスタートしたのですね。」

 ベス単。ベスト・ポケット・コダックというカメラに装着されたレンズのことだけれども、これを使う際に、フードを外して撮影すると、みごとなボケ味のソフトフォーカス効果を得られるという。これがいわゆるピクトリアルフォトグラフィ全盛の'20年当時の話。それが面白いことに、35ミリカメラの隆盛と共に、交換レンズ用として'70年頃から再び人気がでる。ところが、オリジナルのカメラ自体が少ないため、価格は高騰。栄誉あるクラシックカメラとしての地位をもつベス単がスクラップ化しかねない状況に、「光大」の代表世話人でありオリンパス光学工業(株)の重役であった、桜井栄一氏が愁いておられた。

 そこで、このベス単の復刻版として35ミリカメラ用レンズの開発を請け負ったのが、先代の清原勉氏だったのだ。そして桜井氏の全面的な協力により、ほぼ3年の月日を経て、'86年に完成。しかし、勉氏は、試作完成の段階で逝去。発売された姿を見ることはなかったという。

 いわば、因縁のあるレンズということになるのかもしれないが、それにしても先に紹介した清原光学の仕事との間に、私はなぜか落差を感じてしまう。

「誤解してほしくないのですが、ソフトフォーカスレンズというのは、ピントを合わせられない手抜きレンズというのではないのです。そのボケ味が表現する空気感とか遠近感を美しく再現するためには、コンピュータだけでは計算不可能な要素を加味する必要があるのです。いわば、ファジーなハイテクノロジーの結晶とでもいえましょうか。」

 これこそが、VK70Rの開発に3年をも費やした要因である。というのも、まず設計し、試作し、試写し、さらに著名な写真家と検討を繰り返し、その結果を再度、設計にフィードバックする。これを何度も繰り返すことで初めて、人の目で作品を見た時に、空気感や遠近感をより芸術的に感じることのできるレンズが誕生したのである。

「でもね、本当に使いにくいレンズであることに違いはありません。私自身は写真を撮らないのですが、このレンズをちゃんと使いこなしたと思える写真家は、数えるほどしか知りません。既に亡くなられた方も多いですが、大御所と呼ばれる写真家にも、作品を突き返したことが何度かあります。後で、いろいろな方に、そんなことはしてはいけないって忠告されましたけれどね。」

 そんな強気な氏に、今までで一番感動した仕事はなんでしょうと伺ったたところ、植田正治写真美術館にあるカメラオブスキュラに備えつけられたレンズの設計製作だと仰る。写真関係のレンズで少し安心した。鳥取県は西伯郡にある植田正治写真美術館。ここに奥行き10メートル、フィルム面に相当する大きさは5×4メートルという壮大なカメラオブスキュラがある。焦点距離8400ミリ、Fナンバー32、レンズ最大径600ミリ、ガラスのみの重さは約245キロ、総重量625キロ。世界最大の大きさでありながら、カメラの大きさとの比較でいうなら、世界最小のコンパクトかつ高性能を誇るレンズだそうである。このカメラオブスキュラに入って、像面に投影された「逆さ大山」を双眼鏡を使って観察すると、動いている人さえ見えるという。

 見に行かねば・・・。

VK50Rのスポットダイヤグラム。普通のレンズとは、まったく異なる思想をもったレンズであることが分かる。
VK70R(4万3500円)。直販のみ、税抜き価格。
VK70Rでの撮影例。『ニューヨークの観光馬車(撮影/桜井栄一)』
植田正治写真美術館の巨大なカメラオブスキュラに備えつけられたレンズの製作段階。