大判カメラの新天地に挑む老舗『酒井特殊カメラ製作所』
会社概要
トヨビューの愛称で知られる大判カメラのメーカー。'46年、新聞社専属のカメラの修理と改造を行う「酒井カメラ工作所」として設立。後、特殊カメラの試作・研究を始め、'58年よりプロカメラマンユースのビューカメラの開発・製作を行う。金属製のビューカメラやフィールドカメラの製作技術を活かし、小型精密工作機械や体形自動撮影装置なども設計・製造している。(取材当時)
大判カメラの冒険
「このカメラは今年のIPPFにも参考出品したんですが、この不景気な時代によーやるわ、と皆さんに言われましてねぇ。金型作るだけでも結構な投資。でも、その金型で作った強化樹脂をボディに使ってますから、とにかく軽い。ちょっと秤にかけてみますか。」
髪の毛を後ろで結わえた営業の東さんである。秤の針は、1.5㎏の目盛りを少し超えたあたりを小刻みに揺れている。
「公称1.55㎏。これなら、今までシノゴを使うのに躊躇しとった人にも訴えるモンがあるように思うんですわ。」
操作性は、従来のフィールドカメラそのまま。フランジバックやアオリ量も十分であり、軽量化による犠牲はほとんどないといってよい。しかも、これこそが特筆すべきなのだが、金属と樹脂でできているため、湿度や水分の悪影響を受けない。ほぼ半世紀、金属製の大判カメラを作り続けてきた「TOYO」ブランドのこだわりともいえよう。
「複雑な機能を備えたカメラの設計も難しいですが、軽量化という大きな制限の中で通常の機能を持たせる設計は、さらに難しいですね。それぞれの部材の性質を知り尽くしていないとできませんから。」
これは常務の西さん。
「昭和33年、最初に作ったのは、グラフィックビューのコピー(トヨビュー45)でした。何から何までそっくり。ネジの一本一本まで同等以上の精度で作る技術は、当時からあったわけです。それで、一番最初のオリジナルがトヨビューD45。昭和36年ですか。作れば作るだけ売れました。塗装は当時風のハンマートーン。次は、Dを一段と軽量化したD45M。アイボリーと濃紺の2機種。DはデラックスのDで、Mは・・・」
「まーまー、のM・・」
と、東さんが口をはさむ。
「フィールドタイプの45Aは昭和49年。45Gの発売が昭和の52年・・。これは本当に頑丈なカメラでして、今でもぎょうさん使うとる方がおりますね。アメリカからの注文で、学生向けの廉価版を作ったりもしました。」
社長によれば、西さんは酒井特殊カメラの生き字引でもある。
「まあ、常務がしゃべりだしたら長ごうなります。けど、これも本来は企業秘密なんですが、トヨビューのトヨは、豊中市の豊。あっ、これは秘密やさかいね。」
東西コンビは、やはり関西人なのである。
蛇腹に隠された技術
西さんに話を伺って始めて知ったのだが、初期の頃のカメラの蛇腹は、羊の本革を使っていたという。むろん、蛇腹専門の職人さんの手作りである。
「それがね、納品を2日前に控え、後は蛇腹だけという段階ですわ。ところがその職人さんがひどい二日酔いで蛇腹を作れん言いよりますねん。もう、すったもんだ。それからですね、人工皮革に目をつけだしたのは・・。本革製の蛇腹はアオリの制限があったことも確かですが。」
こうして蛇腹は次第に自社製となっていく。そして、現在、驚くほどの伸縮性と柔軟性、強度と遮光性能を備えた「バリアブルベローズ」に至るのである。
トヨビューVXシリーズに標準装備されたこの蛇腹は、見かけは通常のタイプと変わらないが、そのまま袋蛇腹のようにアオリを行うことができる。とりわけ広角レンズを使う際には便利この上ない逸品。日本、アメリカ、ドイツで特許を取得しているという。
「蛇腹の自社製作のヒントになったのが、目の不自由な人が使う点字。この印刷物を作る時に使うインクみたいなもんの新聞記事を読んでピンときたんですわ。」
はて?
「このインクみたいものを印刷したら、後で熱処理するんです。そしたら膨らんで点字の印刷になるわけ。これを蛇腹に採用したんです。」
まだつながらない。
「職人さんは手の技で折る。これはシロートにはできません。そこでや。蛇腹の折り目を、これで印刷するんです。そしたら、シロートにでも簡単に折れるようになると・・」
やっと腑に落ちる。
マグネシウムVX!
ここ数年来、三脚の雲台などにも使われだしたマグネシウム合金をご存じだろうか。マグネシウムとは、十分な剛性がありながら、アルミニウムより軽量という優秀な素材である。しかし、単体のままでは非常に燃えやすく加工もしにくいので、合金とし、航空機や自動車、果ては大陸間弾道弾にも使われている。
まだ、一台こっきりの試作品と前置きされながら、このマグネシウム合金でできたVX125を触らせて頂いた。もともとVXシリーズのボディはアルミ合金の削り出しのため、材質を変えることは可能だというが、そうはいってもマグネシウムである。思わず、その密やかな魅力の虜になってしまった。
2.7㎏を、2.1㎏まで軽量化。たった600グラムといえばそれまでの話であるし、マグネシウム用の特殊な塗装をしているとはいえ、それは決して強い自己主張をするものではない。しかし、それはまさに燻銀と呼ぶにふさわしいカメラであった。
「安価で高性能なカメラという一般指向に抗ってみたい。本当に欲しい人に、最高のカメラを届けたいのです。もちろん、それなりの金額にはなりますが。」
作る人と使う人の幸福な出会いの場とは、安価で高性能だけではない。わかる人にしかわからない贅沢な場所での出会いもある。この燻銀のカメラは、そんな場所にいてやっと輝きを放つだろう。
使う使わない、買う買わないは別である。ただ、ただ、欲しい。