最高峰と呼びうるウッドビューカメラに拘る『エボニー』

会社概要

 ボディは黒檀、金属部はチタンといった具合に、厳選された素材を使い、精度の高さはもとより、必要十分な機能を備え、さらに世代を超えて使える耐久性をもつウッドビューカメラのメーカーとして知られる。むろん、価格も半端ではないが、使えば使うほどにその理由は納得できるはず。今号発売と同時期に、アルミ合金削り出しのシステムカメラが新しく発表される予定。(取材当時)

カメラを作りたかった

「一番初めは、自分用のカメラだったのです。学校を卒業して、実家のカメラ店を手伝うようになり、お客さんたちと阿蘇山などで撮影していましたが、当時市販されていた4×5カメラでは、満足できなかったのですね。特に、ワイドレンズの使用に限界がありました。運良く、実家の隣に指物師がおりまして、その方に木材の加工をしてもらい、純粋に自分用として作ったわけです。」

 こうして作られたカメラは、ボディに黒檀を使った機種と、柞(いす)を使った機種の2台。もちろんここに、現在にまで至る最高峰への拘りの起点があるのだろう。それが、カメラ作りの経験など全くない一人の青年の作品だったとすればなおのことである。なぜなら、経験の無さこそは、より純粋に完璧さを求める動機となりえるはずだから。だがしかし青年は、それを2台では終わらせることができなかった。

「実家はカメラの卸業もやっていましたから、次第に噂が広まりまして、他県からも注文などが入ったりしました。でも、当時はそうした注文に対応できませんでしたね。しかしとにかく、カメラを売るよりは、自分で作ることをしたかったのです。」

 そして氏は、ほとんど裸一貫で上京する。写大在学中に知り合った友人たちの助けを得、初めはカメラマンとして撮影の仕事をこなしながら食い扶持をつなぎ、月に一台程度のカメラの製作を開始したという。正直、すごいと思うのは、このような状態ですら、黒檀や柞、マホガニーといった高級木材を使い続けた事実である。

坂梨寛美氏プロフィール
 1943年、熊本県生まれ。東京写真大学(現・東京工芸大学)卒。明治4年創業のカメラ店の長男として後継ぎを嘱望されるも、カメラ作りに専念するため家出同然にて上京。その時、28歳であったという。
センターティルトに加え、画軸支点アオリ機能も備えたSV45U2。

エボニーとは何か?

 エボニーとは、黒檀の意。辞書には、黒色で光沢があり、堅くきめが細かく、高級家具、装飾品、楽器などに用いる、とある。ここまでは常識であったとしよう。むろん、ここから先も常識の類かもしれないが、私は始めて知って驚いた。

「黒檀を使ったカメラのボディは、塗装していません。磨き上げているだけなのです。」

 えっ!? である。高価で購入を差し控えた経験があるとはいえ、私、実物を触ったことはある。しかし、その黒光りする表面は、てっきり塗装だとばかり思っていた。無知とは恐ろしい。表面だけを整える塗装の方が、磨きをかけた高級素材よりも、美しいものだと思い込んでいるのだから。

 しかも、実際に手に持つと、金属製カメラに匹敵する重量感である。それはなぜか? と聞けば、氏は黒檀の切れ端のいくつかを洗面器に満たした水の中に入れて、実演してくれた。それは、まるで金属か何かのように、すんなり水中へ没してしまうのであった。

「ネジにはステンレスを使っているのですが、下穴の大きさを0.1ミリでも間違えると、ネジが切れてしまいます。それほど固いのです。ですから、表面に傷は滅多につきません。ついたとしても、塗装していませんから、軽く磨けばたいてい取れます。もし、カメラがばらばらになるような事故にあった場合でも、新品同様に修復できますね。」

 厳選された高級素材を使うことの意味とは、つまりこういうことなのである。さらには、黒檀でできたカメラは「中古の方が美しい」という。使い続ける手が、黒檀の表面をさらに磨き上げるのだそうである。

 そしてまた、いくつかを付け加えておかなければならない。金属部に使われるチタンは、ステンレス以上の強度と耐蝕性を持ちながら、その比重は半分以下という、まさしく高級素材。エボニー製のウッドビューカメラには、チタンないしステンレスのいずれかが使われている。黒檀よりもやや安価な素材であるマホガニーを使った機種もあるが、現在の機種の表面は、すべて漆塗りだという。従来のウレタン塗装よりも強いのはもちろん、塗装ではないため剥がれることもないのだとか。

 いささか、素材自慢ばかりになってしまったようである。が、もちろん、加工精度と組み立ての良さからくる、操作の滑らかさや耐久性や機能性も特筆すべきなのである。が、これは次の質問への解答に集約されるであろう。

 本当によい製品を作ると、ユーザーはそれを使い続けるので、結果として数を売ることができなくなるのでは? と、ぶっちゃけたところを伺ったのである。

「いいえ。当社では、撮影目的などによって13機種を用意しています。ユーザーは、その中の1台から使い始めるわけですが、たいていの場合、2台目、3台目と、目的別の機種をお求めになります。」

薄い黒檀を貼ったレンズボード。これも新製品。
氏の作業机。
氏の作業机。
水に沈む木「黒檀」。意外な風景。
まだ30歳代の西野さん(右)と田中さん(左)。工場には、27歳の職人さんも。

待望のニューフェイス登場

 以下は、正直なところ、まったく予期していなかったネタである。

「10月か11月、いつになるかは決めていないのですが、新しい製品を発表します。」

 嬉しいですね。取材冥利につきるとは、こういうことを言うのです。

 で、多くの読者はおそらく、エボニーといえばウッドビューカメラといったニュアンスをお持ちのことであろう。がしかし、出ます。特殊なアルミ合金を素材とし、それを削り出しで加工した、金属製のカメラが、である。その名は、FINESSE。鋭さ、細かさ、手ぎわのよさ、巧妙、といった意味だそう。

 手持ち撮影を主に設計したボディ。最大25ミリの左右シフト、ライズ&フォールが可能なレンズボード部には、専用マウントのレンズがバヨネットで装着される。リンホフボードアダプターや蛇腹、各種フィルムバックなど、将来に渡って、さまざまなシステム化を計画しているという。

「本当は、一台だけですが、既に使っておられる写真家の方がいらっしゃいます。というのも、次はこんなカメラを作りたいっていうことを話しているうちに、ならば自分用に作ってくれと注文されてしまいましてね。」

 まさに、一台こっきりの受注生産品からのスタート。聞けば、相当な金額であったらしい。発注する方も、される方もうらやましい限り。本誌発売時には、正式発表されているだろうか?

新製品FINESSE。アオリ機能を使っているところ。
制作途中のパーツが並ぶ。
工場内。