露出計トップブランド『セコニック』に見る、伝統としての斬新

会社概要

 1951年、露出計の製造販売を行う成光電機工業株式会社として設立。60年に商号をセコニックに変更。現在では、国内外を問わず、写真撮影およびシネ用露出計のシェアナンバーワンのトップブランドとして知られる。製造品目は、各種記録計、OMR/OCR機器、EL素材など、広範囲に及ぶ。(取材当時)

「スタデラ」という金字塔

 上下に分割された卵型のボディ。光球と呼ばれる白い半球と、何層もある大きなダイヤルが特徴的な入射光式露出計「スタジオデラックス」。通称、スタデラを手に、本格的な写真、あるいはプロ写真家への道を歩み始めた人の数は、おそらく星の数ほど。他ならなぬ私自身も、その一人であって、目盛りやダイヤルに記された不思議な数値の羅列にさえ、写真の謎を感じたものである。

 このスタデラ。マイナーチェンジは5回を重ねるとはいえ、基本的構造は'56年に製造を開始したスタジオSと変わらない。ここに、スタジオSの誕生にまつわるエピソードを紹介しておこう。

第二次大戦中、占領した中国の遂川飛行場に残されていた物品の中に「ノーウッド露出計」があったという。戦後、この露出計は、発見者である本間 成幹氏から、セコニック初代社長三谷隆一氏の手に渡ったのが、ことの起こり。

 ノーウッド露出計とは、第二次大戦中に、アメリカのノーウッド大佐が偵察用の航空写真撮影用として開発したもの。戦後になり、三谷は渡米。交渉の末、この露出計の改良版をブロックウェイ社と提携し、その日本版を「スタジオS」として製造販売を開始。後に、ブロックウェイ社がなくなり、この露出計はセコニック社の専売製品に。

 数奇といえば数奇。

 現行製品はスタジオデラックスⅡ(L-398M)。この一代前のスタジオデラックス(L-398)の時代、'86年には、スタジオシリーズの総発売台数は100万台を超えている。星の数ほどは、あながち誇張ではない。そして残すところ4年で、半世紀である。露出計という、きわめて特殊なジャンルの製品として、半世紀に渡って「変わらない」という事実は恐るべきことだと思う。

平田義一氏プロフィール
 '48年、練馬区生まれ。高校大学を通して、化学を専攻。'70年に入社。環境関連、光通信、計測などの部署を経て、現在、第二開発部長。現行主力製品であるズームマスター、スーパーズームマスターの開発を指揮。
なんと社名がバス停の名称になっている。
大泉学園町にある本社。

忘れられた製品に見る「斬新」

 実は、セコニック社では、その前身である成光電機設立以前より、露出計を製造販売している。'49年に製造を開始したもっとも初期の型は、L-1と呼ばれ、国産初の露出計、通産省お墨付きの名機と紹介されている。このあたりの成立事情はよく分からないのだが、普通の写真やカメラでさえまだまだ庶民には縁遠かった戦後間もない頃の「露出計」という存在を思うだけでも、その着眼点の遠さに驚くばかりである。

 そして、時代は高度成長期に入る。カメラメーカーにさえ露出計のノウハウがなかった時代。露出計は、多くのアマチュア、プロの必需品となる。クリップオンタイプの露出計は爆発的にヒットし、先進的なカメラには、露出計が内蔵(ビルトイン)される。セコニックの独壇場であったに違いない。

 エピソードついでに、あと二つ。

 '55年に販売を開始した製品に、「カラーメーター」がある。一体誰が使ったのかと、現在の社員でも訝ってしまう製品。その広告には、『新しいカラー撮影技法! 色調はフィルターで整えて下さい。フィルターはメーターで選んでください。』とある。これが、昭和30年である。

 もう一つ。セコニックのかつての製品群に、8ミリムービーカメラがあったことを知る人は少ないだろう。昭和30年代を通し、さまざまなカメラと映写機が作られている。なかでも興味深いのは、130-Bと呼ばれる機種。これはダブル8ミリフィルムの切り換えを、ボディのフィルム収納部を回転することで可能にした、コロンブスの卵的な目玉商品だ。むろん、発売開始直後より、国内外を問わず、相当数が売れたという。しかし、光線漏れという致命的欠陥が発覚・・・これを機に、セコニックは8ミリカメラから撤退・・・。

「歴史にもしがあるなら」と平田氏は口にする。

「もし、この欠陥がなかったとしたら、セコニックは、カメラメーカーになっていたかもしれませんね。」と。私は、この口ぶりの裏に、現在の大手カメラメーカー以上の、という前置詞を透かして見る。

国産初の露出計「L-1」(昭和24年)。
フィルム部のボディが回転する8ミリ撮影機130-B。
歴代の「スタデラ」。左から二番目が、100万台記念モデル。

次代、それは「露出計」とは呼ばれない

 セコニックは昨年、2機種の新型露出計を発表。販売を開始した。これは、異例なことだという。
「'97年に販売を開始した、 "ズームマスター(L-508)"はかなりの数が売れました。そして今でも売れています。そしてこれを発表した時点から、ファインダー内でデータを確認できる新機種の構想はあったのです。」

 ズームマスターとは、光球と平板を兼用する受光部を備えた入射光式露出計であり、なおかつ1~4度のズームスポット(反射光式)露出計であり、フラッシュメーターであり、各種の演算機能も備えているという、ある種、博覧強記的、いや博覧機能的な露出計である。

 これをさらにバージョンアップした機種が、現行製品の中で最高機種と謳われるスーパーズームマスター(L-608)で、それを構想した時点で、製品ラインナップの中に欠けるデジタル単体露出計のL-358が派生。2台同時の開発になったという。

「今年はないでしょうね。しかし、写真のデジタル化の中で、露出計メーカーとして培ってきたノウハウを生かす道を探しているところといっていいでしょう。次のは、もしかすると露出計とは呼ばれないものになるかもしれません。」

 私には、わからないが、氏はその先に何かを見ているのである。と同時に、次のようにも語る。

「アナログメーターであるスタジオデラックスを作るには、どうしても職人的技術が要求されます。そうした技術者を絶やさないこと。そしてまた、現在は製造をやめている水中用露出計「マリンメーター」などの復刻なども視野に入っています。」

最新機種より、復刻版といった言葉が耳に響く私は、もう古いタイプの人間なのであろう。

水深60mまで使用できる「マリンメーター(L-164)」。
ズームマスターL-508のズーム調整機能。
シンプルな操作性のフラッシュマスターL-358。