カメラボディの塗装はオリジナルを超える『七宝塗装室・高橋』

会社概要

 船舶、航空機などの計器の塗装を専門に行う「七宝彫刻」が前身。7年ほど前から、ライカ、ニコン、キャノンなどのマニュアル機の塗装を行うようになった。美観と耐久性を兼ね備えた塗装は、昨今では高橋ペイントとして知られる。(取材当時)

「七宝」は名前だけ?

塗装を専門に行っていると聞き、七宝と名前がつけば当然、七宝焼きを想像してしまうのが人情であろう。しかし、
「七宝ってのは名前だけで、七宝焼きとは関係ありません。」とか言われると、ちょっと肩すかしを食わされたような気分である。

 ただし、七宝焼とはそもそも七宝をちりばめたように美しい焼物の意味であり、 金属などにガラス質の釉薬を焼きつける装飾工芸の一つとすれば、あながち関係ないとも言い切れない。事実、塗装を終えた何台ものM型ライカや、ニコンSを見せていただき、手に持った感触はというと、まさしくそれは宝の一つだと実感するのである。もちろん、これはカメラ好き独特の感想なのかも知れないけれど。

 聞けば、中古市場に出回るライカの一部には「高橋ペイント」などというスペック(?)が記されることがあるという。つまり、中古カメラ市場では既に、七宝塗装室・高橋は一つのブランドになっているわけなのだが、それを記すのはまだいい方というべきか。傷なしのオリジナル塗装のごとくの価格で売られているカメラも稀に見かける。

「我々にとっては、手の離れたカメラですからね・・・。」と、正明氏はいうのだが、それもこれも七宝塗装室の塗装の美しさと耐久性が、オリジナルの塗装を凌駕しているからこそなのである。

高橋正明・史昭氏プロフィール
 '42年生まれの正明氏と'45年生まれの史昭氏の兄弟。二人共、二十歳代よりのカメラおよび写真好き。共にニコンサロンでの個展を含め、各メーカーギャラリーでの展覧会や写真コンテストの年度賞などの経歴を持つ。
ほとんど民家の入り口。まず分からない。
組み立てを終えたカメラ。ライカにはびっくりするようなカラーがある。

歴史が育んだ技術」

「私が写真を始めた頃、ニコンFのブラックボディが憧れの的だったんです。これにモードラを付け、20ミリで撮影するのが一つの夢でね。シルバーボディと比べれば、たかだか数千円の違いなんですが、一部のプロしか使っていませんでしたね。出荷台数を制限していたのでしょうか。これが、自分で塗ってみようと思い立ったのが始めですね。」 とは、史昭氏。

 当時、七宝塗装室は、七宝彫刻という名前で、防衛庁関係の各種計器の塗装ならびに彫刻を行っていた。塗装は、現在も行っている焼き付け塗装のことだが、彫刻とは計器の目盛りや単位、メーカー名などを彫り込む技術である。

「特という印がついた特殊な塗料は、全て指定されるわけ。価格も一般用に比べれば倍くらいする。中身は同じじゃないかと思うんだけど(笑)。」

 とは冗談半分だろうけれど、かなり高い要求に応えて続けることで鍛え上げられた技術が、両氏の腕に刻まれているのである。もちろん、現在においても各種塗料は何度も試験を繰り返し吟味されている。

「まずは金属への密着性。これがいいものを選ぶ。次に、我々は塗り肌といのだけど艶消しの滑らかな美しさ。そして三番目が、耐溶剤性ね。」

加えて、

「今ではずいぶん変わってしまったけれど、大田区のこのあたりは小さな工場ばかりだんたんだ。そうした職人同士のつきあいもいろいろあってね。」

 七宝塗装室では、カメラの分解から塗装まで一手に引き受けることができるが、特殊なパーツの工作などには、こうした職人同士の連携が息づいているのである。

 ここで注目すべきは、新品の塗装ではないという事実。何十年も使い込まれたカメラの塗装やメッキをいったん剥がし、酸化皮膜をとり、地を作り、吟味した塗料を使って塗装をし、焼き付け、さらに彫刻部に別の塗料を塗る。さらにその前後に、カメラの分解と組み立てといった工程が加わる。これら一連の作業には、およそ一カ月を要するという。

 しかも、請け負う全てのカメラが、他に代わりのない一品なのである。部品の多くは、もう入手できないものばかりなのである。中古ならではの怖さといえようか。

組み立て中のライカ。
分解、組み立ての作業場所。
エアガンで塗装をする。
焼き付け塗装のための釜。
多種多様な工具。

カメラは撮る道具なんだけどねぇ

 兄の正明氏、弟の史昭氏。ずっと仕事を共にしてきた二人であり、しかも古い言葉でいうならよき写友である。

「最近はあまり時間がないんだけど、できればやりたいんだよね。」と、写真展への夢を語る正明氏。

 CHペーパー(といって分かる人は相応の年代だろうか)にプリントされた、モノクロの作品集を見せながら、一枚一枚への思い出を語ってくれる史昭氏。

 そして二人と話をしていると、60年代末から80年代にかけて、現在とは違うニュアンスで活力のあったアマチュア写真家の世界を思い浮かべることができる。これは私の一つの偏見かもしれないが、当時のアマチュアは、現在のアマチュアのように行儀正しくはなかったと思う。だから、

「あの頃は、いろんな変わった人がいたよね。今でも知られる有名な先生が、写真集団の会合に来てくれたんだけど、「アマチュアから金なんか取れるか!」なんて突っ張っられたこともあったね。いい意味での、気負いがあったんだね。かっこよかったよ。」

 などといった話を聞くと、アマチュアだけでなく、プロもその精神性の一部がずいぶん変わったのだと思ったりする。

「カメラは、僕たちにとっては撮る道具なんだ。でも、ここで仕上げられたカメラを使っている人たちは、飾って楽しむ人のほうが多いのかな。価格の付けられ方だって、よくわからなくてね。昔の塗装よりは、今の塗料を使ってちゃんと仕上げた方がいいに決まっているんだけど。オリジナル神話とでもいうのか、もともとの塗装がいいなんて人も少なくないし。おもしろいものですよ。」

 あと、印象的な話を一つ。

「ニコン製品を持ち込む人は頑固な人が多いですね。塗装の指定は、まず黒だけ。せっかく自由に塗装ができるのに、オリジナルにこだわりますね。ライカは、時々、自分の趣味でカラーリングを考えたりする人がいるんですけどね。」

 ニコンユーザーの私としては、何とも・・・。

いろんな塗料。
ハッセルSWC用のオリジナルフード。黒、シルバー有り。
レリーズボタン、シンクロキャップもオリジナル製品。